ナチュラルワインの世界でよく耳にする「豆る(まめる)」という言葉。これはワインの香りの表現ではなく、飲んだ後の「余韻(後味)」に現れる独特のニュアンスを指します。
「これって欠陥?」「どうして味が変わるの?」そんな疑問に対し、ワインショップ、レストランソムリエの視点から、その正体と美味しく楽しむコツを詳しく解説します。
1. 「豆る」ってどんな状態?
グラスを回して香りを嗅いだときは、とてもフルーティーで綺麗。なのに、口に含んで飲み込んだあと、数秒経ってから「茹でたての枝豆」や「ポップコーン」のような香ばしい風味が口の中にフワッと戻ってくることがあります。
これを日本のワイン愛好家の間では、親しみを込めて「豆ってる」「豆が出た」と呼んでいます。
2. 【プロ視点】なぜ「豆る」のか? そのメカニズム
一言でいえば、ワインの中で「微生物たちが活動した証」です。技術的には、主に以下の微生物が関与して生成される「THP(テトラヒドロピリジン類)」という化合物が原因です。
- ブレタノマイセス(野生酵母) ワインに複雑味を与える一方で、条件によって豆のニュアンスを生み出します。
- ヘテロ型乳酸菌(ラクトバチルスなど) 糖分やアミノ酸を分解する過程で、豆の原因物質を生成することがあります。
最大の特徴は、「口の中で初めて香る」という点。ワイン自体の低いpH(酸性)の状態では分子が安定していて香りにくいのですが、口に含んで唾液と混ざりpHが上がることで、一気に揮発して鼻に抜けるのです。
3. 深掘り:ワインが「豆る」までのプロセスと予兆
ワインを開けた瞬間から時間は刻々と変化します。特にナチュラルワインでは、この「豆」が現れる前後に一定のパターンがあります。
① 「還元香」の後にやってくる理由
抜栓直後、少し硫黄やマッチを擦ったような「還元香」を感じることがあります。これは酸素が遮断された状態で守られていた証拠でもありますが、実はこの還元状態が「豆」を覆い隠していることがよくあります。
空気に触れて還元香が消え、ワインが「開いた」直後、入れ替わるように豆のニュアンスが顔を出すのは、酸素というトリガーによって微生物の代謝が活性化されるためです。
② 「揮発酸(VA)」や「酢酸」との相関関係
経験上、酢酸(お酢のような酸味)や揮発酸(セメダインのようなツンとした香り)が感じられるワインは、のちに「豆る」リスクが高い傾向にあります。
これらの成分を生み出す菌は、いずれも亜硫酸が少なくpHが高い環境を好むため、醸造段階で共存していることが多いからです。
ちょっと分かり易くすると。。。。
微生物がワインの中で「豆やピーナッツと全く同じ香り成分」を作り出してしまうのには、ブドウの成分と微生物が引き起こす「化学反応の偶然」が関係しています。
もう少し化学的な視点から、そのメカニズムを詳しく紐解いてみます。
1. 反応の「材料」と「主役」
まず、ワインの中にはブドウ由来のタンパク質が分解されてできた「アミノ酸(主にリジンやオルニチン)」が豊富に含まれています。 そして、このアミノ酸をエサにするのが、酸化防止剤(SO$_2$)が少ない環境で生き残った特定の「乳酸菌」や「ブレタノマイセス(野生酵母の一種)」です。
2. 微生物による「合成のメカニズム」
微生物たちがこのアミノ酸(リジンなど)を食べると、代謝の過程で分解が起こります。その分解された物質が、ワイン中の「エタノール(アルコール)」や「アセトアルデヒド」と結合することで、新たな窒素化合物が生成されます。
この時に出来上がる代表的な成分が、以下の3つの物質です。
- 2-エチルテトラヒドロピリジン(ETHP)
- 2-アセチルテトラヒドロピリジン(ATHP)
- 2-アセチル-1-ピロリン(APY)
3. 「APY」と「ATHP」が豆の正体
実は、上記の物質のうち「2-アセチル-1-ピロリン(APY)」という成分こそが、私たちが日頃嗅いでいる「炒った大豆」「ピーナッツ」「ポップコーン」「炊きたての麦ご飯」から発せられる香り成分と化学構造が完全に一致しています。
通常、大豆やトウモロコシなどを「火で炒る(加熱する)」ことによって起きる化学反応(メイラード反応など)で生成される成分なのですが、ワインの中では微生物たちが酵素の力を使って、常温の液体の中で偶然にもこれと同じ物質を合成してしまうのです。
【補足】なぜ「飲む瞬間まで」匂いが隠れているのか?
グラスの香りを嗅いだだけでは分からず、口に含んで初めて「あ、マメだ!」と感じるのには、科学的な理由があります。
- ワインの中(酸性)では飛ばない: これらの香り成分は、ワインのような強い酸性(低いpH)の液体の中では、イオン化して水に溶け込んだ状態になるため、空気中に揮発(蒸発)しません。グラスの中では「無臭」を装っています。
- 口の中(中性)で一気に爆発する: ワインを口に含むと、人間の「唾液(中性)」と混ざり合って、口の中のpHが一気に上がります。すると、溶け込んでいた成分が突然「揮発性(気体)」に変わり、喉の奥から鼻へ抜ける道(鼻腔)を通って、猛烈な豆の香りとして脳に届くのです。
自然の微生物と、ブドウの成分、そして人間の唾液の性質。これらがパズルのように噛み合わさることで、あの独特な「豆(マメ)」のニュアンスが生まれています。
4. もし「豆る」ワインに出会ったら? 3つの対処法
「豆」が現れても、諦めるのは早いです。ちょっとした工夫で、その個性を魅力に変えることができます。
- 「温度」をグッと下げる 温度が上がると「豆」は強く感じやすくなります。まずはしっかり冷やして、味わいをタイトに引き締めてみてください。
- 「梅干し」の酸味を借りる 梅の強い酸は口内の環境を整え、豆っぽさをスッと消してくれます。豆の香ばしさが梅の酸と重なると、不思議と「出汁(だし)」のような旨味に昇華されることもあります。
- 「スパイス」や「油分」を味方につける クミンなどのスパイスや揚げ物の油分は、豆をナッツのような心地よいコクとして包み込んでくれます。
まとめ:変化を「ゆらぎ」として楽しむ
「豆る」現象は、決して単純な衛生管理の不足や失敗ではありません。それは、造り手がブドウ本来の力を信じ、余計な手を加えずに見守った結果生まれる「自然のゆらぎ」のようなものです。
抜栓直後の還元状態から、時間が経って現れる豆のニュアンスまで。その移ろいを一つの物語として捉え、温度管理や料理とのペアリングで面白がることができれば、ナチュラルワインの世界はもっと豊かになります。
まずは「あ、今日は豆がいるな。じゃあ少し冷やしてみようかな」というくらいの、軽やかな気持ちで向き合ってみてください。


