先日、千葉県にある寺田本家さんのテイスティングイベントに参加させていただき、当主である寺田さんご自身にお話を伺いながら日本酒を味わう、特別な時間を過ごしてきました。
早い時間に訪問できたこともあり、寺田さんが自らお燗をつけてくださり、じっくりと質問を重ねることができました。今回は、日本ワインに携わる私の視点から、寺田本家さんが向き合う「自然酒(しぜんしゅ)」の世界についてレポートします。

「自然酒」とは何か?
現在あらためて注目を集めている「自然酒」。そのルーツは意外と古く、1960年頃に「仁井田本家(金寶自然酒)」さんが提唱し、1980〜90年代にかけて寺田本家さんが現在のスタイルへと発展させてきたと言われています。
寺田さんが語る自然酒の特徴は、とてもシンプルでありながら本質的です。
● 原料
農薬や化学肥料を使わずに育てた米(自然栽培米・有機米など)を使用。
● 発酵
培養酵母は使わず、蔵に住み着いた菌(蔵付き酵母)や蔵の微生物の力で発酵させる。
● 造りの工程
割り水(加水)、火入れ(加熱殺菌)、濾過(おり下げ)といった処理は行わない、または最小限にとどめる。
● 添加物
アルコールや糖類などは加えず、純米酒が基本。
こうした造りは、高度経済成長期に商業化・効率化が進んだ日本酒造りへの、いわば「カウンターカルチャー」として生まれた側面もあるそうです。
お米を極限まで磨き、フルーティーな香りを競う「吟醸酒」のブームとは対照的に、自然酒は“発酵そのもの”を中心に据え、複雑味をしっかりと表現することを大切にしています。
「酸」を巡る、ワインと日本酒の共通点

今回のお話の中で特に印象深かったのが、「酸味(Acidity)」についての捉え方です。
かつて日本酒において「酸」が出ることは、造りの失敗(腐造)や劣化と見なされることもありました。しかし、近年の食文化の変化――例えば、食事の中にワインやレモンサワーなどの「酸」を取り入れることが一般的になったことで、日本酒における「酸」の立ち位置も変わってきています。
寺田さんはそう語ります。
ワインの世界では「揮発酸(きはつさん)」などの酸のニュアンスがあえて許容されることがありますが、日本酒でも同様に、酸や複雑味をどのようにバランスさせるかが重要になっています。
「自然な造り」へのアプローチの違い

私は日頃ワイナリーへ研修に伺いますが、寺田さんのお話から「ワインと日本酒の『自然』へのアプローチの違い」を感じました。
• ワインの自然派:ぶどう本来のポテンシャルを信じ、なるべく人の手を加えず、自然に発酵が進むのを見守るスタイルが多い。
• 日本酒の自然酒:自然に任せるからこそ、温度管理や微生物の動きに対し、細かく、徹底的に手間をかけ続けなければならない。
「あーでもない、こーでもない」と常に気にかけ手を加える事、微生物と対話する。
そうしないと、美味しい日本酒にはならない。
この「徹底的な介入による自然表現」こそが、日本酒の面白さなのかもしれません。
体に馴染む「百薬の長」を目指して
寺田本家さんが目指すのは、「悪酔いせず、もっと美味しく体に馴染むお酒」です。
実際に試飲させていただいたお酒は、マッコリのような乳酸菌が強いニュアンスを持つものから、精米歩合を抑えた玄米酒まで多種多様。
同じ蔵元でも、製法によってアルコールの浸透具合や体感が全く異なります。
「日本酒は頭が痛くなる」といった大きなカテゴリで敬遠するのではなく、こういった造りの違いや、自分の体に合うお酒をもっと細かく知ってほしいという寺田さんの想いに深く共感しました。
編集後記
醸造や発酵のプロセスの根本から寄り添うことで、ワインと日本酒の境界線が溶け合い、新たな「和の酒(WASHU)」としての立ち位置が確立されていくのではないか。
そんな面白い見解を伺うことができました。
今回は、寺田本家への蔵見学の許可もいただいたので、次回はぜひ醸造の現場を拝見し、研修として学ばせていただきたいと思います。
これからの「日本酒」の可能性に注目しながら、私自身も新しいペアリングの提案をしていきたいと強く感じた一日でした。


